東京高等裁判所 昭和55年(ネ)971号 判決 1982年12月22日
控訴人(亡萩原茂一訴訟承継人) 萩原茂喜
右訴訟代理人弁護士 小室恒
被控訴人(破産者清水商事株式会社訴訟承継人)
同会社破産管財人 河原崎弘
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は控訴人に対し原判決添付第二物件目録記載の各建物を収去して、同第一物件目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和五四年九月二一日から右明渡済まで一か月金一三万円の割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
三 この判決は第一項1に限り仮に執行することができる。
事実
第一 控訴人は、「1 原判決を取消す。2 被控訴人は控訴人に対し原判決添付第二物件目録記載の各建物を収去して同第一物件目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和五三年八月一日から右明渡済まで一か月金一三万円の割合による金員を支払え。3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。
第二 当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一 控訴人の主張
1 本件土地賃貸借は一時使用のための賃貸借であるから、これに契約更新に関する約定があっても、契約の更新を拒絶するために借地法四条一項但書の「正当の事由」と同程度の正当事由を要すると解することは、同法九条で右条項の適用を除外していることからも不当である。
破産者清水商事株式会社(以下「被控訴会社」という。)が昭和五三年六月三〇日不渡手形を出して倒産した後、同年七月一四日ころ債権者会議が開かれて、被控訴会社を再建することが決議されたことは事実である。右決議の内容は、全債権者が当分の間債権回収を見合わせて、被控訴会社が営業を継続して行くということであった。しかし、その後の経過を見るに、被控訴会社を再建する方向での運営行動は何らなされていない。被控訴人は、「清水商事伊藤啓司」名義で営業を続け、その後別会社(株式会社エフエフハンガー)を設立して運営していると主張するが、これは、被控訴会社の債権者からの債権取立を逃れるため別人、別法人に営業を行わせているものであって、被控訴会社の再建とは全く関係がない。昭和五三年七月中旬から同年一一月までの間に何回かにわたりいわゆる債権者委員会が開かれたが、被控訴会社として再建する方向ではなく、債権者の一人である千代田商事株式会社が自己の債権回収を計るに便利な別会社を設立するというような方向を打出したことから、委員の中に千代田商事の行動に不審を抱いて、委員を辞任したうえ、委員会への債権回収の委任を解除する者が出た。従って現在全債権者の委任を受けた債権者委員会は存在しないのである。勿論別法人であるエフエフハンガーは被控訴会社の債務引受はしておらず、同社の営業収支報告などが被控訴会社の債権者になされたことは一度もない。
萩原紙工株式会社は前記債権者委員会の一員として被控訴会社の再建を承認していたが、同会社が再建されなかった以上、右承認は何の意味もなくなってしまった。
被控訴人は、本件建物(倉庫)が、製造したハンガーの置場として被控訴会社の営業にとって必要不可欠であると主張するが、被控訴会社は倒産して二年以上何の営業もしていないのである。
以上のように、被控訴会社が本件土地を引続き使用する必要性は全くないのであるから、賃貸人である土地所有者が本件土地の返還を求める特別の必要性がなくとも、一時土地賃貸借契約が合意更新されなかった以上、昭和五三年七月三一日に契約が終了しているものである。
2 仮に右1の主張が認められず、本件土地賃貸借契約が更新されたものとするならば、右賃貸借契約は契約期間を一年とする一時使用のためのものであるから、更新後の契約期間も一年となる。被控訴会社は昭和五三年六月三〇日不渡手形を出して倒産し、倒産直後は債権者委員会が結成されて再建する動きがあったが、結局再建されず契約更新後の契約期限昭和五四年七月三一日の時点で本件土地を使用する必要性はなく、本件土地上の建物は被控訴会社所有名義であっても被控訴会社は廃業し建物を必要としなくなったのであるから、昭和五四年七月三一日をもって本件土地賃貸借契約は終了した。右契約終了につき控訴人は昭和五三年八月一一日本件土地の明渡を求める訴訟を提起して右訴訟を維持継続しているのであるから、改めて契約更新拒絶の意思表示は必要としない。
3 仮に本件土地賃貸借契約が更新されて爾後期間の定めのない賃貸借となるとすれば、控訴人は、前記のように本件土地明渡請求訴訟を提起し民法六一七条による解約申入を訴提起後の第一回口頭弁論期日である昭和五三年九月二〇日に訴状陳述によってなしていることになるので、一年後の昭和五四年九月二〇日には契約は終了した。
二 被控訴人の主張
1 本件土地賃貸借契約が一時使用のためのものでないことについて、原審主張に次の点を付加する。
(一) 「プレハブ」という言葉から受ける語感は、よほど簡易な建物のようであるが、現在では広く一般住宅の建築もプレハブ造りで行われ、「プレハブ」といっても本建築を含むのである。本件建物は建築費用が坪一五万円に近く耐用年数も一年や二年ではなく、まさに本建築というべきものである。
(二) インフレ傾向の激しい時点では、地主が地代の値上げや更新料によってインフレヘッジをするために、賃貸借の期間を二年或いはさらに短く一年というように定めることがある。亡萩原茂一は各所に土地を多く有していて、その賃貸について精通し経験も豊富であるから、本件にあっても地代の値上等を容易に行うために期間を一応一年と定めたにすぎない。だからこそ契約書中に更新の定めをおいたのである。
2 前記一1ないし3の控訴人の主張は争う。
3 なお、被控訴会社は東京地方裁判所において昭和五七年七月八日午後四時破産を宣告され、同年一〇月一三日その破産管財人河原崎弘が本件訴訟を受継した。
三 当審における新たな証拠関係《省略》
理由
一 本件記録によれば、被控訴会社は東京地方裁判所において昭和五七年七月八日午後四時破産を宣告され、同年一〇月一三日その破産管財人河原崎弘が本件訴訟を受継したことが明らかである。
二 控訴人の父萩原茂一が昭和五二年八月一日被控訴会社に対しその所有する本件土地をプレハブ建倉庫の所有を目的として賃料一か月一三万円・毎月末日までに翌月分の支払を受けるとの約定で賃貸したこと、被控訴会社が本件土地上に本件建物を所有して右土地を占有していること及び萩原茂一が昭和五三年一二月一六日死亡し、昭和五四年八月にその相続人間で行われた遺産分割協議によって控訴人が本件土地の所有権を承継取得したことは、当事者間に争いがない。
三 ところで本件土地賃貸借契約が一時使用のためのものであるかどうかについて当事者間に争いがあり、当裁判所は、本件土地賃貸借契約が一時使用のため借地権を設定したことの明らかな場合に該当し、その期間は昭和五三年七月三一日までの一年間であると判断するが、その理由は原判決一二枚目裏二、三行目の「弁論の全趣旨によって成立を認める乙第五号証の三の一、二、」並びに同一〇行目の「被告が」から同末行及び原判決一三枚目表初行にかけての「支払ったこと、」までを、いずれも削除するほか原判決がその理由中に説示するところ(原判決九枚目表一一行目から同一三枚目表六行目まで)と同一であるから、その記載を引用する。当審における新たな証拠調の結果によっても右判断を左右するに足りない。
四 被控訴人の所持する本件土地賃貸借契約書に「本件契約の満期のときは相方合意の上更新することが出来る」との条項(第一〇条)が書入れられていることは、前記認定のとおりであり、従って、本件土地賃貸借契約には、賃貸借期間が満了する際には契約当事者の合意によって契約を更新することができる旨の約定があることが、認められる(控訴人の所持する契約書にはそのような条項は記載されていないが、上記認定を妨げるものではない。)。そして、萩原茂一が昭和五三年七月二五日到達の内容証明郵便をもって被控訴人に対し本件土地賃貸借契約を更新しない旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
ところで、一時使用のための土地賃貸借契約については借地法の適用が排除されているのであるから、右契約に更新に関する約定があっても、更新を拒絶して賃貸借を終了させるためには同法の定める正当の事由を必要とするものではない。しかし、右のように更新に関する約定がある場合には、賃貸人において期間満了の際自己使用の必要等土地の明渡を求める必要性がいまだ具体化していないときは直ちに賃借人に対して明渡しを求めず、そのまま使用を継続させる可能性を推測させるものであるとともに賃借人としても賃貸人側の事情によっては期間満了の際直ちに土地を明渡さずそのまま使用継続を許される場合もあることを期待しうるものというべきであり、さらに一時使用のための土地賃貸借においては期間満了後更新が許されない場合賃借人が賃貸人に対していわゆる建物買取請求権を行使することができないのであり、このような事情を考慮すれば、賃貸人において更新を拒絶して賃貸借を終了させるためには、正当の事由までは必要としないものの、賃貸人の恣意的な更新の拒絶は許されず、賃借人に対して賃貸借を終了させて明渡しを求めるだけの必要性の存在を要するものと解するのが相当である。
そして、右更新拒絶時(昭和五三年七月)の当事者双方の事情についての事実認定については、原判決がその理由中に説示するところ(原判決一四枚目表九行目から同一五枚目裏一行目まで)と同一(但し原判決一四枚目裏一〇行目に「昭和五二年」とあるのは「昭和五三年」と原判決一五枚目裏初行の「である」を「であった」と、それぞれ訂正する。)であるから、これを引用する。
右認定の事実によれば、萩原茂一がした本件土地賃貸借契約の更新拒絶には被控訴会社に対して賃貸借を終了させて明渡しを求めるだけの必要性があるものと認めることはできない。そうだとすれば、右萩原茂一がした契約の更新拒絶は無効であり、同意思表示はなかったこととなるから、民法六一九条一項により黙示の更新がなされたものというべきであり、したがって本件土地賃貸借契約は賃貸借期間である昭和五三年七月三一日の経過をもって終了しないといわなければならない。
五 ところで、一時使用のための土地賃貸借においては民法六一九条一項により更新がなされたときには、同条同項但書の趣旨に照らして、期間の定めのない一時使用の賃貸借となり、同法六一七条一項一号により、一年の猶予期間を置けば何時でも解約をなしうるものと解すべきである。
されば、本件賃貸借は昭和五三年七月三一日更新されて、爾後期間の定めのない一時使用のための賃貸借となったものであるが、控訴人において被控訴会社に対し本件土地明渡請求訴訟を提起し昭和五三年九月二〇日午前一〇時三〇分の原審第一回口頭弁論期日において被控訴人に対して本件土地の明渡しを求める訴状が陳述されたことは、本件記録により明白である。そして右訴状陳述によって萩原茂一は被控訴会社に対して解約申入をしたものとみなすことができるから、本件賃貸借は右申入後一年の経過によって終了したものというべきである。
六 以上の次第であるから、爾余の点につき判断するまでもなく、被控訴人は控訴人に対し本件建物を収去して本件土地を明渡しかつ昭和五四年九月二一日から右明渡済まで一か月金一三万円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務があり、従って、控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるが、その余は失当というべきである。よって、控訴人の請求を全部棄却した原判決を変更して、右限度において控訴人の請求を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条八九条九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 藤原康志 片岡安夫)